ここまでの議論は
を参照してください。
例を観察する
商集合 \(\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}\) に対して \(n = 7\) とする。このとき各同値類について乗算結果を調べる。
\(\overline{0}\) | \(\overline{1}\) | \(\overline{2}\) | \(\overline{3}\) | \(\overline{4}\) | \(\overline{5}\) | \(\overline{6}\) | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
\(\overline{0}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{0}\) |
\(\overline{1}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{1}\) | \(\overline{2}\) | \(\overline{3}\) | \(\overline{4}\) | \(\overline{5}\) | \(\overline{6}\) |
\(\overline{2}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{2}\) | \(\overline{4}\) | \(\overline{6}\) | \(\overline{1}\) | \(\overline{3}\) | \(\overline{5}\) |
\(\overline{3}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{3}\) | \(\overline{6}\) | \(\overline{2}\) | \(\overline{5}\) | \(\overline{1}\) | \(\overline{4}\) |
\(\overline{4}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{4}\) | \(\overline{1}\) | \(\overline{5}\) | \(\overline{2}\) | \(\overline{6}\) | \(\overline{3}\) |
\(\overline{5}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{5}\) | \(\overline{3}\) | \(\overline{1}\) | \(\overline{6}\) | \(\overline{4}\) | \(\overline{2}\) |
\(\overline{6}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{6}\) | \(\overline{5}\) | \(\overline{4}\) | \(\overline{3}\) | \(\overline{2}\) | \(\overline{1}\) |
この表を観察してわかるのは
- \(\overline{0}\) をかけると \(\overline{0}\) になる
- \(\overline{1}\) をかけても値が変わらない
- \(\overline{0}\) をかけた行または列を除いて \(\overline{1}\) から \(\overline{6}\) が一度ずつ現れる
ということで、上の 2 つは自明だが最後の 1 つはいつでも成り立つだろうか。これはいつでも成り立つわけではなく例えば \(n = 6\) とすると
\(\overline{0}\) | \(\overline{1}\) | \(\overline{2}\) | \(\overline{3}\) | \(\overline{4}\) | \(\overline{5}\) | |
---|---|---|---|---|---|---|
\(\overline{0}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{0}\) |
\(\overline{1}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{1}\) | \(\overline{2}\) | \(\overline{3}\) | \(\overline{4}\) | \(\overline{5}\) |
\(\overline{2}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{2}\) | \(\overline{4}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{2}\) | \(\overline{4}\) |
\(\overline{3}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{3}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{3}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{3}\) |
\(\overline{4}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{4}\) | \(\overline{2}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{4}\) | \(\overline{2}\) |
\(\overline{5}\) | \(\overline{0}\) | \(\overline{5}\) | \(\overline{4}\) | \(\overline{3}\) | \(\overline{2}\) | \(\overline{1}\) |
となり \(\overline{2} \times \overline{3} = \overline{0}\) など \(\overline{0}\) ではない値同士を掛けて \(\overline{0}\) になるものが見受けられる。一般に \(0\) ではない環の元を掛けて \(0\) になる元のことを零因子という。
ところで零因子を持つ環では
- \(\overline{2} \times \overline{2} = \overline{4}\)
- \(\overline{5} \times \overline{2} = \overline{4}\)
と \(\overline{2} \ne \overline{5}\) より、両者の左辺の後ろの項の \(\overline{2}\) を取り除くといった簡約ができないことに注意する。
法 \(n\) を素数とした場合の逆元
容易に推測されるように \(n\) が素数の場合は零因子を持たず、合成数の場合はその約数が零因子となる。
\(\overline{0}\) をかけた行または列を除いて \(\overline{1}\) から \(\overline{6}\) が一度ずつ現れる
に戻る。
\(n\) を素数とし \(\mathbb{Z}/n\mathbb{Z} \ni \overline{a} \ne \overline{0}\) を 1 つ取る。相異なる \(\overline{p}, \overline{q} \in \mathbb{Z}/n\mathbb{Z}\) に対して、
を示せれば、列または行のどの相異なる値も等しくないことになり題意を示せる。
\(\overline{a} \times \overline{p} = \overline{a} \times \overline{q}\) として矛盾を導く。演算に関して代表元のとり方によらないことはすでに確認したので、この仮定は \(a \times p \equiv a \times q \mod n\) と言い換えても良い。移項して整理すると
であるがここで \(n\) は素数なので \(a\) または \(p - q\) が \(n\) で割り切れる。仮定 \(\overline{a} \ne \overline{0}\) より \(a\) は \(n\) で割り切れないので \(p - q\) が \(n\) で割り切れる。つまり \(p \equiv q \mod n\) より \(\overline{p} = \overline{q}\) となり \(\overline{p}\) と \(\overline{q}\) が相異なるという仮定に矛盾する。
ここまでで \(n\) が素数の場合に \(\overline{a} \in \mathbb{Z}/n\mathbb{Z}\) に対して、すべての元をかけると \(\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}\) の値が 1 つずつ現れることがわかった。つまり、掛けると \(\overline{1}\) になる元が存在することがわかった。この元のことを \(\overline{a}\) の逆元といい \(\overline{a}^{-1}\) とかく。
乗法の逆元は、ユークリッドの互除法により効率よく得られることが知られている。
なお \(n\) が合成数の場合にも、零因子を除けば逆元が存在する。例えば \(n = 6\) の場合に \(\overline{5}^{-1} = \overline{5}\) など。零因子ではない (\(n\) と互いに素) であることを利用して \(n\) が素数の場合と同じ論法で証明できる。または有限集合の単射は全単射であることからも示せる。
まとめ
法 \(n\) が素数の場合は、乗法の逆元が存在する、すなわち割り算が可能であるとわかった。
余談
以下で脱線する。
とても大雑把に言うと、四則演算が自由にできる (ただし \(0\) による除算を除く) 代数的構造を体という。つまり素数 \(n\) を法とした剰余による同値関係を入れた商集合は体である。無限集合であった整数環に制限を加えて有限集合にしたことにより演算の自由度が増し、体となった。整数同士の割り算を付け加えて有理数体に拡張するのとは異なるアプローチであり、面白い。なお、有理数体は \(E = \mathbb{Z} \times \left(\mathbb{Z} - \{0\}\right)\) を考えるとき
に対して
という同値関係、つまり、比が等しいものを同じとみなす同値関係を入れて商集合を考えて
これを有理数体とする、という方針で構成する。自然に演算が定義できる (well-defined) ことも確かめられる。
実数体 \(\mathbb{R}\) の構成はこれらとは全く異なるアプローチを取る。